今日は。旅の者です。
前にも聞いた名言ではあったのですが,先日,産経新聞のネットニュースを見ていて,故藤田元司元巨人監督のお言葉に改めて感銘を受けました。
いや,わたしはただTVゲームで監督の真似事をやっているだけなので,本来なら参考にするなんて話にはならないんですけど,やはり良いお言葉ですね。
ミスしたら監督のせい。活躍したら選手の功績。
感銘を受けると同時に,少々我が身を振り返ってしまいました。
失敗した時に,誰かに責任をなすりつけて当たるのは簡単です。
パワプロの栄冠ナインで言えば「なんでそこで打てないんだよー!?」とか,「どうしてそこまで追い込んで打たれるかな?」とか。
プレイ中に,思わず愚痴った記憶が無いとは言えません。
しかし,それは自分の判断の結果でもあります。
連打が足りなかったというゲーム的な話は置くとして,チャンスの場面で代打を送るべきかとか,いつ投手を代えるかとか,それはある程度までプレイヤーに委ねられているわけで。
勝手にCOMの判断でいじられていることもありますけど,それにしたって,育成をキッチリやっておくとか,オーダーを整えておくとか,対策の取りようはあるわけでして。
何より,文句を言っても始まりません。
コンピューターが勝手をしようと,そういう仕様のゲームなのであれば,文句を言うのではなく,対策を取れば良いだけのことです。
起用した選手が活躍しなくとも,そりゃ起用した自分の判断が悪かっただけですし,代える事もできたんですから,それをしなかった自分が悪い。
また。
このお言葉は,野球(ゲーム)に限った話ではなく,何にでも通じる事ですね。
誰かのせいにして文句を並べるのは簡単ですが,それで何か前進するかと言えば,せいぜい自分の中の不満を吐き出せるくらいです。
過ぎたことについて責任を押し付ける先を探すより,失敗を反省して原因を究明し,しっかりとした対策を立てることこと肝要。
と,ここまでは,別に藤田元監督のお言葉を伺うまでもなく,誰もが心得るべき内容です。
問題は,この先ですね。
活躍したら選手のおかげ。功績は,実際に動いた他人のもの。
この境地にまでは,なかなか至れません。
栄冠ナインで言えば,そりゃ期待以上の結果が出れば,出してくれた選手にありがとうの一言も言いたくなります。
しかし,某掲示板のAAじゃありませんが,「わしが育てた」的な考えが出てくるのもまた事実。
それでも,ゲームの世界でなら,作成したキャラクターは自分のもんだと言い切ってもいいかもしれませんが,現実となると全く違ってきます。
責任だけ負って手柄は他人に譲る,ということはなかなかできるものではありません。
裏方に徹するということなのでしょうが,わたしにはどうにもできないことです。
現実での話ですが,どうしても,自分がやったことは認めて欲しい,正しく評価されたい,少しでも高く見て欲しいという願望が強くあります。
しかし,そうやって我を張って,良かったことなんて思い当たらないのですけどね。
少しずつ,自分の中の「他人に認めて欲しい」という願望を,変えていったほうがいいのかなぁと感じました。
「認めて欲しい」と願って認められるものではなく,きちんと良い仕事をしていれば,自然と評価は付いてくるものであろうと。
他人の評価を気にするなんて,本末転倒な話なのでしょうね。
目立つこと,褒められることは,結果に付いて回るものであって,自分から求めるものではないのではないかなぁと。
つらつらそんなことを考えさせられた藤田元監督のお言葉でした。
前にも聞いた名言ではあったのですが,先日,産経新聞のネットニュースを見ていて,故藤田元司元巨人監督のお言葉に改めて感銘を受けました。
いや,わたしはただTVゲームで監督の真似事をやっているだけなので,本来なら参考にするなんて話にはならないんですけど,やはり良いお言葉ですね。
ミスしたら監督のせい。活躍したら選手の功績。
感銘を受けると同時に,少々我が身を振り返ってしまいました。
失敗した時に,誰かに責任をなすりつけて当たるのは簡単です。
パワプロの栄冠ナインで言えば「なんでそこで打てないんだよー!?」とか,「どうしてそこまで追い込んで打たれるかな?」とか。
プレイ中に,思わず愚痴った記憶が無いとは言えません。
しかし,それは自分の判断の結果でもあります。
連打が足りなかったというゲーム的な話は置くとして,チャンスの場面で代打を送るべきかとか,いつ投手を代えるかとか,それはある程度までプレイヤーに委ねられているわけで。
勝手にCOMの判断でいじられていることもありますけど,それにしたって,育成をキッチリやっておくとか,オーダーを整えておくとか,対策の取りようはあるわけでして。
何より,文句を言っても始まりません。
コンピューターが勝手をしようと,そういう仕様のゲームなのであれば,文句を言うのではなく,対策を取れば良いだけのことです。
起用した選手が活躍しなくとも,そりゃ起用した自分の判断が悪かっただけですし,代える事もできたんですから,それをしなかった自分が悪い。
また。
このお言葉は,野球(ゲーム)に限った話ではなく,何にでも通じる事ですね。
誰かのせいにして文句を並べるのは簡単ですが,それで何か前進するかと言えば,せいぜい自分の中の不満を吐き出せるくらいです。
過ぎたことについて責任を押し付ける先を探すより,失敗を反省して原因を究明し,しっかりとした対策を立てることこと肝要。
と,ここまでは,別に藤田元監督のお言葉を伺うまでもなく,誰もが心得るべき内容です。
問題は,この先ですね。
活躍したら選手のおかげ。功績は,実際に動いた他人のもの。
この境地にまでは,なかなか至れません。
栄冠ナインで言えば,そりゃ期待以上の結果が出れば,出してくれた選手にありがとうの一言も言いたくなります。
しかし,某掲示板のAAじゃありませんが,「わしが育てた」的な考えが出てくるのもまた事実。
それでも,ゲームの世界でなら,作成したキャラクターは自分のもんだと言い切ってもいいかもしれませんが,現実となると全く違ってきます。
責任だけ負って手柄は他人に譲る,ということはなかなかできるものではありません。
裏方に徹するということなのでしょうが,わたしにはどうにもできないことです。
現実での話ですが,どうしても,自分がやったことは認めて欲しい,正しく評価されたい,少しでも高く見て欲しいという願望が強くあります。
しかし,そうやって我を張って,良かったことなんて思い当たらないのですけどね。
少しずつ,自分の中の「他人に認めて欲しい」という願望を,変えていったほうがいいのかなぁと感じました。
「認めて欲しい」と願って認められるものではなく,きちんと良い仕事をしていれば,自然と評価は付いてくるものであろうと。
他人の評価を気にするなんて,本末転倒な話なのでしょうね。
目立つこと,褒められることは,結果に付いて回るものであって,自分から求めるものではないのではないかなぁと。
つらつらそんなことを考えさせられた藤田元監督のお言葉でした。





