旅のお宿

名も無き花 〜第5章〜

 2つの大軍勢が睨み合う戦場は、どんよりと暗い雲に覆われて。
 行き交う兵達も、時折不安げに薄暗い空を見上げては、また俯いて歩き始める。

 一人の足軽が、険しい表情で陣笠を上げる。
 魔王軍の陣地には、人の背丈を軽く凌駕する、巨大な柵が幾重にも設けられていた。
 それも、平野の端から端まで。
 何を防ぐための柵なのか、その答えは、相手が精鋭騎馬軍で鳴る南の軍勢であることを考えれば、自ずと導かれよう。
「騎兵の突撃を防ぐ柵・・いや、しかしこれでは・・・」
 柵から歩み去りつつ、先ほどの足軽−敵陣に紛れ込んだ雪丸は、疑念を覚えていた。

 魔王の魔王たる由縁は、政治・軍事に渡って天才的な手腕を誇るところにある。
 ただ、率いる軍勢はどちらかと言うと弱い。兵の強さで言えば、雪丸の兄嫁−棗の実家が仕えている同盟国の方が遙かに強い。
 魔王自身もそのことはよく自覚している。だからこそ、真っ向切っての勝負を好まない。
 物量で相手を圧倒し、包囲し、締め上げて降伏に追い込むような戦い方が魔王の身上である。
(確かに、これだけの柵を用意するなぞ、田舎豪族の思いつくところではないが・・・)
 しかし、柵を作って何とするのか。

 騎兵の突進力は柵如きで止められるものでは無い。
 押し寄せる騎兵の馬蹄にかかれば、柵など造作もなく押し倒され、蹂躙されるのは目に見えている。

 雪丸はふと、鉄砲を担いだ部隊に目を留めた。
 完成した柵を前に、鉄砲隊が演習を行っている。
 3列に並んだ兵達は、射撃した1列目がすぐに左右へと展開し、射撃準備を整えた2列目が連続で撃ち込み、さらに3列目へと繋がり・・・
「なぁる・・これなら射撃が途切れないというわけか。」
 どんな達人が操作しようとも、火縄式の銃は2度目の射撃までに30秒かかる。
 ならばとばかりに、第2射までの時間を後ろに控えさせた別の射手に任せ、3列目が撃ち終える頃には、1列目にいた射手が準備を整えているという算段。
(発想は面白い。切れ目無く銃弾を浴びせれば柵も有効に機能するだろう。しかし・・・)

 甘い。唇だけ動かして、雪丸は鉄砲隊の演習を見つめていた。
 と、鉄砲をいじっていた一人の歩兵が、人なつっこい笑顔を浮かべて歩み寄ってくる。
「どうだ?雪丸殿!これが魔王の戦術というものだ!」
 相手の正体を悟り、雪丸は眉をひそめた。
 騎平太だ。目立つ人相なのに、声を掛けるまで気付かせないとは・・・
 だが、それ以上に、騎平太には聞きたいことがある。
「三段鉄砲とはなかなかの着想だが、銃撃だけで騎馬突撃を止めきれるというのか?」

 魔王の奇抜な発想は、出身地に由来するところがあるだろう、と雪丸は見ている。
 魔王の出身地は商人が多く集まる海浜部にあり、雑多な人間が多様な生活を築いている。
 様々な文物に触れ、緻密に人間を見て、自ずと柔軟な発想力を身につけたのだろう。
 だが。
「魔王は愚直な武士の魂を知らぬようだ。商人なら形勢不利と見るや、無駄に命を捨てるような真似はせずに逃亡を図る。しかし。」
 武士には意地があり、名誉がある。反復常ならぬ豪族どもとて、南の大国に脅威を感じる限り、その命令には絶対服従であろう。
 切れ目のない銃弾の雨以上に、密集した騎馬兵団が突撃してくれば、遅かれ早かれ、陣地は崩壊する。
 多少の犠牲をものともせずに総攻撃をかければ、南の勝利は固い。
 魔王は武士という生き物を理解しているのか?

 雪丸の問いに、騎平太は・・雪丸には始めてみせる、陰のある笑いを浮かべて見せた。
「心配召されるな。魔王様は誰よりも、人の心に通じておられる・・・」
 それだけの答えで、雪丸は魔王の真の意図を理解した。
(忍ならずとも容易に探れる新戦法は・・ただの目くらまし、か。さて・・・)
 騎平太もお人好しにあらず。タダでヒントをくれたりはしない。
「さ、そろそろ決断を伺おうか。」
 周囲を探れば、南の陣地に来た時とは比べモノにならないほどの殺気が感じて取れる。

 白々しい笑みを浮かべると、雪丸はゆっくりと両腕を挙げつつ、騎平太に向き直った。
「悪いな。勝ち馬の尻に乗るしか能がないんじゃ、忍も何もあったものじゃない。」
 次の瞬間、白い閃光が煌めくと、足軽装束の雪丸はずたずたに切り裂かれ、地に転がった。
「愚かな・・大言吐いてその様か。」
 足下まで転がってきた『雪丸だったモノ』を、冷徹な素顔を垣間見せた騎平太が踏み潰す−


「・・・」
 『猿』は無言で、開かれた戦端を見つめていた。
 騎馬を防ぐための柵。三段に構えた鉄砲。
 報告を受けても、南の首脳陣の判断は変わらない。
「魔王、奢ったな?それしきの小細工で我らを滅ぼそうなどと!」
 勝利を確信し、名だたる勇士が南の陣屋から出陣していく・・・

「ホンット、バカだよ・・・」
 ぼそりとつぶやく『猿』に、『十六夜』が笑いかけた。
「仕方ないんじゃない?もう決まっていたことでしょう?」
 その通りなのだが・・・
 生まれ育った国が滅び行くのを見るのは、決して気持ちのいいものでは、ない。

「さあ!このまま踏み破れ!我らが一斉突撃の前に敵は・・−ッ!?」
 軍配を振り回していた南の将軍は、突撃の熱狂から一時立ち戻り、そして。

 愕然となる。
 整然と、一分の乱れも無き突撃を誇ったはずの騎馬隊が・・・

 乱れている。
 攻撃は散漫になり、薄まった密度のために、敵前線への圧力は激減。
 これでは、敵鉄砲隊の格好の的。
「な、なぜだ・・・なぜ!なぜ進まない!?何が!何が起きて・・・」
 状況を理解できず、馬防柵の前で立ち往生してしまった将軍を、無数の鉛弾が貫いていく−

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名も無き花 〜第4章〜

 のどかな日差しが城内を照らす。梅雨も明け、晴天の続く今日この頃−

「あにうえ〜!!あにう・・お!」
 勢いよく障子を開けたさくらは、室内の様子を見て目を丸くした。
 ・・・いつもはせいぜい兄が寝っ転がっているだけの部屋に、人がたくさんいる。

 『猿』が畳の上に寝っ転がって縁のささくれをいじっている。
 『御剣』は柱にもたれかかって目を閉じ、『蛍火』は愛用の銃を布で丁寧に拭いている。
 珍しく、十忍が勢揃いして、それぞれの時間を過ごしていた。
 部屋の真ん中らへんでは、雪丸が寝息を立てている。

 こういう場合でも、兄を見つけたさくらは条件反射で動く。
「あにうえ〜!!!」「うごォッ!?」
 ダダダッと走り込んで、思いっきりダイブするさくら。
 思いっきりお腹をプレスされて、またも雪丸は七転八倒する。
 『鬼灯』が優しくさくらを抱き上げて雪丸の上からどけて、頭を撫でた。
「ダメですよ?お兄様をいじめては?」
「よいのじゃ!良い天気なのに部屋でグータラしているあにうえがわるいのじゃ!」
 言い返しつつも、さくらは目を大きく開いて、見慣れぬ人々を観察している。
「あにうえ〜?この者達は何者じゃ?」

 鳩尾の辺りを押さえて床に突っ伏していた雪丸は、かろうじて頭をもたげた。
「・・・兄上の可愛い部下たちじゃ。」
 ほっほーと言いながら、さくらはくるんと部屋を見回した。
 目が合うと、十忍たちも思い思いに挨拶を返す。
 全員を見つめた後、視線を兄に戻したさくらは、両手をぶんぶん振り上げながら騒いだ。
「なんでもよい!あにうえ!遊ぼう?」
「おお・・何をしようか・・・」

 ようやく雪丸が起きあがったところで、部屋の入り口に家臣が膝を着いた。
「・・・南より、使者の方が見えられてございます。」
 雪丸は無言で家臣に目をやり、転じて、さくらを見つめた。
 さくらは小さな手を握りしめたまま、ふるふると泣き出しそうな瞳を揺らしながら、じっと雪丸を見つめている。
 小さく溜息を吐くと、雪丸は家臣を顧みた。
「要件は大体分かる。兄者と父上のお言葉を待つとしよう。」
 戸惑う家臣を促して立ち去らせると、雪丸はさくらに向き直った。
「どれ、庭で一緒に遊ぼうか。今日は皆も一緒だぞ?」
 さくらはパッと笑顔になると、歓声を挙げて兄に抱きついた。


 静かに膝を着き、参上を告げると、音もなく障子が開いた。
 天井近くに明かり取りの窓が一つあるだけの薄暗い部屋には、既に兄の明幸が端座している。
 部屋の奥にある床には、初老の男性が横たわっていた。
 雪丸らの父、歳光である。

 父は顔だけこちらに向けて雪丸に目を留めると、手を動かして招き寄せた。
 いざり寄り、父を蝕む病魔の影が一層濃くなったことを悟ると、雪丸は暗澹たる思いに囚われた。
 そんな息子の気持ちを知ってか知らずか。
「南より、『出兵』の要請が届いた。」
 兄弟が幼少のみぎりと変わらぬ、低く、よく通る声が室内を満たす。
「『御館様』の死に乗じ、『魔王』は一挙に東方までを制圧するつもりだろう。」
 既に魔王の軍勢が国境線付近に集結しつつあるとの情報はつかんでいる。
 だが、問題は・・・

「御館様の後を継いだ『若様』は、魔王の攻撃を待たず、積極的に打って出るつもりのようだ。」
 明幸がいつになく険しい表情で言葉を続ける。
「御館様亡き後、領内の仕置きもいまだ定まらぬというに・・・」
 苦渋を滲ませる明幸の横顔を、歳光はしばし無言で眺めていたが。
 やがて視線を動かすと、歳光は雪丸を見つめつつ、静かに口を開いた。
「招集には従う。お前は十忍を連れて若様の下に参れ。」

 明幸は目を見開き、驚きを露わにしている。
「父上!それで良いのですか!?北の『軍神』、東方の軍勢も健在な今、この城の守りを捨ててまで勝ち目無き戦に付き従うなど・・・!!」
 これから、今後の身の振り方を相談するものとばかり思っていた明幸は、普段は決して見せぬ激しさで父に食ってかかる。
「長年の恩義があるとはいえ・・!この時代、ただ盲従するばかりでは、我等の如き零細勢力は生き残れませんぞ!?」

 雪丸は唇を結んだまま、いつになく熱くなっている兄を黙って見つめていたが、やがてふっと肩をすくめた。
 そんな次男坊に気付き、父はニヤッと目元を緩ませる。
「雪丸。何か言いたい事でもあるのか?」
 わざともったいをつけるように、雪丸はゆっくりと首を横に振る。
「何も。私は父上と兄者の決断に従うまで、ですからな。」
 それが、城主の血族でありながら忍軍を預かる自分なりの節度だと思っている。
 忍軍の力を背景に、表の政務に介入するが如き図は好ましくない。
 漠然と、雪丸はそんなことを考えている。
 出る杭は打たれる。例え身内相手でも・・いやさ、比較の対象にされやすい身内だからこそ、差し出た真似は控えるべき。
 この城に、城主とその後継者以外の頭脳はいらぬ。

 笑みを湛えたまま視線を明幸に戻すと、歳光は穏やかに、しかし、明快に断じた。
「お前の見立て通り、魔王の攻勢を前にして、あの若様では国を保てぬ。」
 同意されて、逆に明幸は冷静さを取り戻した。
 無意識の内に前に乗り出していたことを悟り、座り直して父の言葉に耳を傾ける。
「だが、一戦にして滅ぼされるほどに、御館様の残された石垣は脆くは無い。早まって反旗を翻せば、若様は後継者の威信にかけて、この城を攻め潰しに来るぞ?」
 まだ決断の刻ではない。今は、それを見定めるべき。
 諭すような父の言葉に明幸も承服し、雪丸には、改めての出陣命令が下った−


「で、うちらはまぁた便利屋扱いかい。」
 不平たらたらの『猿』に『紅』が笑いかける。
「イヤならふて寝でもしてればぁ?一人くらいいなくったって、大した問題じゃないし?」
 『猿』はジトッとした目で『紅』をにらみ、そのまま口をつぐむ。

 城を発った雪丸らは、山中を疾駆していた。
 仮に、獲物を求めて通りがかった猟師がいたとしても、彼らの姿を見とがめる事は難しかろう。
 どこに、いかなる敵が潜むかも分からない。雪丸らは物陰から物陰へ・・常に遮蔽物を取れる位置を飛び移っている。
 兵はそう易々と国境を越えられないが、忍の道に勢力図など関係ない。
 他国の忍といつ出会しても、おかしくはないのだ。

「ふぅむ・・・」
 ・・・上記は心得の話だったのだが、たまに、心得が心得で済まなくなるから困る。
 『玉繭』が不審な気配に気付いた。直ちに八方へ虫を放ち、様子を探る。
 他の十忍もそれぞれ散開。索敵を開始する。
「5・・6・・全部で8人か。」
 隠れ方からすれば、明らかに盗賊風情ではない。
「気の早い連中やな〜?こないなとこにある城、探ってどうするって・・」
 ややあきれ気味につぶやく『天香』を片手で制すると、雪丸の頭脳は忙しく回転した。

(確かにここは前線から遠い・・だが、強襲しようと思えばできない位置ではない・・・)
 現在、魔王軍と南の軍勢が睨み合うのは、国境線付近にある平野部。
 そこを北に大きく迂回すれば、この山城の付近に出る。
「両軍がこのまま激突すれば・・ちょうど、この城から若様のおわす本陣をつける。」
 雪丸より早く、『紅』が結論を出して微笑みかけてくる。
 さて、どうする?

 雪丸たちの仕事は、「南の軍勢を勝たせる事」ではない。
 両勢力の動向を見極め、味方するべき勢力と、その意思表明をするタイミングを見間違わないようにすることだ。
 魔王軍の作戦行動に気付いたからといって、馬鹿正直に阻止に回る必要はない。
「が、今のところは南の味方だし、それに・・・」
 あまり簡単に魔王が勝利してしまうと、一気に南に味方する豪族達を攻め潰して回りかねない。
(適度に苦戦して疲弊してくれりゃ、無理な制圧作戦もできないだろうしな・・・)
 より良い条件での降伏勧告を期待できるという寸法だ。

 方針が決まれば、行動は速い。
 振り上げられた片腕に従い、十忍が一斉に牙を剥く−

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名も無き花 〜第3章〜

 日差しは柔らかく、風は穏やかで。
 小さな山城には今日も、平和な日常が訪れている。

 そんな眠くなる陽気が、騒々しい足音によって破られていく。
「あにうえ〜?あにう・・」
 ドタドタと走り回っていたさくらは、ようやく、標的の姿を縁側上に見いだした。

 ダッダッダッダッダッダッ・・・
 助走を付けるさくら。絶妙のタイミングで踏み切ると、必殺の・・・!
「あにうえぇぇっ!!」「ごふぅっ!」
 フライングボディプレスを敢行する妹。
 モロにダイビングされ、雪丸は『大打撃を受けて即死の図』を演じる。
 だが、さくら容赦せん。
「あにうえ〜〜〜っ!今日こそ遊んでたもれ!わらわはたいくつじゃ!」
 ジタバタする妹を抱きかかえつつ、「しょうがないなぁ・・」と困り果てていると、天井から人が降ってきた。

「おお!?くせものじゃ!」
 ファイティングポーズを取るさくらに、『猿』は降参したように両手を挙げて・・
 いや、逆さまになっているから、下げた、と表現すべきか?腕を出して見せる。

 雪丸がひょいと首をもたげた。
「どした?」「入道成仏。」
 一瞬、雪丸の顔に冷たい風が吹き抜けた。
 ほぇ?と首を傾げるさくらをよそに、雪丸は唇を引き結ぶと、抱き上げたさくらを降ろす。
「すまん、ちょっくら大兄のとこに行ってくる。」
 肩をすくめると、雪丸は『猿』に「頼んだ」と言い残し、足早に部屋を出た。
 後ろから、「こら〜!あにうえでなければダメじゃ〜!」と叫ぶ声が追いかけてくる・・・

「兄者、邪魔するぞ。」
 雪丸が襖を開けるのと、明幸が身体を起こすのはほぼ同時だったらしい。
 棗の手に握られているモノからして、どうやら膝枕してもらいながら耳かきをやってもらっていた様子。
 裾を払ってゆったりと腰を下ろしつつ、雪丸は兄にニヤッと笑いかけた。
「・・・兄者。世は太平だな。」「う、うるさい!」
 珍しく動揺している明幸だったが、用件を切り出さない弟に気付き、棗に退室を促す。

 妻が去ったことを確認すると、明幸は改めて居住まいを正した。
「何事か?」「『御館様』がお亡くなりになられた。」
 明幸は黙り込んだ。
 驚きと衝撃で、にわかには声も出ない。
「・・・事実か?」
 雪丸は黙って首を縦に振った。
 『猿』は不精者で愚痴も多いが、仕事に関して手抜きはしない。
「一波乱、ありそうですな。」
 雪丸の言葉に、明幸は再び黙り込んだ。


 兄弟の不安は、すぐに的中する。
 長年、南の大国と不可侵条約を結んでいた東方勢力は、御館様の死を知るや、直ちに各方面へと兵を動かす。
 幾手にも分かれた軍勢の一つは、雪丸らの小城の側にも迫る。東方勢力からは、降伏勧告を携えた使者が派遣されてきた・・・

「東の峠より接近中の敵軍は、およそ2000。」
 物見に出た忍より報告。「兵は精鋭に非ず。されど、付近に忍の気配あり。」
 忍と聞いて、雪丸は渋い顔になる。

 雪丸らの小城より東から東南にかけての地は、古くから無数の小勢力が林立しており、現在でも、それら豪族の多くは生き延びている。
 争いの絶えなかったこの地をまとめあげたのは、都の方から流れてきた一人の男−
 今はその男も亡く、男から数えて4代目が君主となっている。
 が、伝説の男がこの地に蜘蛛の巣の如く張り巡らした支配の網は、なおも健在。

 たった一人の男が広大な地域の覇者となれた秘密・・それは、男が手を結んだ相手にあると伝えられている。
 東の地に棲む忍・・『風魔』が闇で暗躍したためだ、と。

「向こうも忍付きでは、どうにもやりにくい・・さて、どうやって潰すか?」
 お互い、手の内が分かる。そうそう簡単なことではない。
 だが、忍と兵と、両方を相手にしたまま籠城戦に持ち込まれれば、十中八九負ける。
「忍の目を引くことができれば・・・」
 考え込む雪丸に、一人の部下が静かに、発言を求めた。


 地を揺るがしながら、兵馬の群れが疾駆する。
 その様を樹上から見守る影が、二つ三つ。
 と−

 前方の異変を見咎めたのは、忍だけではない。
 放っていた物見の報告を聞き、東方の侍大将も妙な顔をする。
「道の真ん中に・・人が一人突っ立っている、だと?」

 なるほど、東方軍の行く手、渓谷に渡された巨大な橋の手前に、一人佇む者がいる。
 白髪を頭の左右で束ね、背に巨大な剣を負い、旅人装束に身を包み。
 近寄った兵らがその目鼻立ちを見て、戸惑う。
 白髪故に老人かと思いきや・・顔は若々しく、整いすぎるほどに整っている。
「・・女か?」「いいや、男だろう。女にしては上背がある。」「なんだ?あれは?」
 ざわめく兵をよそに、白髪の剣士は悠然と立ったまま。
 2000の軍勢を前にして、道を譲る気配はない。

 東方軍より若武者が一騎、進み出た。
 華麗に装われたその出で立ちからするに、名家の跡取りか−
「貴公!何故我らの行く手を塞ごうとするか?敵であれ、無駄に命を捨てることもあるまい!?」
 大音声で問いかける若武者と相対しても、白髪の剣士は涼しい顔でだんまりを決め込んでいる。
 若武者の顔に朱が散った。無視されたことに腹を立てたのだろう。
「貴様ッ!!・・」

 若武者が剣士に詰め寄ろうとした瞬間、剣士の右手が一閃した。
 思わず身構える若武者だったが、斬られたのは彼ではない。

 東方の忍が一人、血しぶきを上げて谷底へと落ちていく。
 それとほぼ同時に、周囲を取り囲んだ忍が一斉に飛び道具を放ったが、剣士はわずかに立ち位置を変えただけで、第二撃もかわしてみせる。

「ほう・・これはできる、な?」
 物陰より、剣士の立ち回りを見ていた忍の一人が、しわがれた声でつぶやいた。
 『翁』と呼ばれるこの老忍こそ、派遣された『風魔』達の統率者。
 能面のように無表情な風魔達の中で、『翁』だけがニタニタと不気味な笑顔を浮かべている。

 尋常ならざる相手の手並みに、風魔も出方を変えた。
 刀を抜いて周囲を取り囲む者が5人あまり。
 さらに、木立の合間から、崖下から、度肝を抜かれて立ち尽くす兵らの影から、大小様々な飛び道具の狙いを付ける者どもが、両手の指では足りぬほど。
 なおも笑いを消さぬまま、『翁』はゆるりと挙げた手を降り下ろす。

 刀を構えた忍が、四方八方から斬り込んでいく。
 そんな味方に構わず、飛び道具を構えた者どもが、一斉射撃を仕掛けた。
 血の通わぬ鬼、とまで呼ばれる風魔ならではの戦術。抜刀隊が命を懸けて相手の動きを封じ、射撃隊に敵味方もろともに打ち砕かせようとする。
 だが−

 抜刀隊が動き出した、まさにその瞬間。
 剣士が動いた。神速の足運びで眼前の2人を切り払い、迫り来る弾幕を紙一重でかわす。
 風魔達ですら目で追えぬ。驚異の抜き足−
 抜刀隊とて、練達の剣士であったのだ。それを・・・!
「ぎゃあああああ!!」
 いつの間にか、剣士は両手に、背負っていた巨大な剣を構えていた。
 常人では振り回すことはおろか、持っていることも覚束ないような大剣が、目にも止まらぬ速さで薙ぎ払われる。
 その凄まじい豪剣は、身を守るために構えた槍や刀も、いいや、鎧兜さえももろともに斬り倒し。
 刃に触れた者は文字通り、金属と血肉の欠片にまで粉砕されていく・・・
 悲鳴を挙げて倒れ伏すのは一般の兵士達だが、剣士は無造作に一般兵を襲っているのではない。
(きゃつめ、兵の中に紛れ込んだ儂の手下共を始末しておる・・・)
 東方に敵無しであった風魔が、まだ20歳になるやならずやの剣士に、逃げる暇もなく蹴散らされていく。

 『翁』は笑った。けらけらと笑った。
「そなた!名は何と言う?」
 『翁』が問いかける間にも、風魔達は数十が一心同体と化したかのような連携で、剣士を包囲し、討ち取ろうとする。
 剣士が大剣を翻すたびに、風魔は陣を変え、攻め手を変え、あたかも一匹の化け物の如き滑らかな連携を見せる。
 だが、それでも剣士の動きは止まらない。
 また一人、斬られた風魔が物言わぬ塊と化す。
「あな怖や!我が子らが皆、殺されゆくぞ!」
 手を叩いて喜ぶ『翁』。剣士はなおも答えない。
 風魔も半ば以上が倒された時、剣士は包囲網を突き破ると、一直線に橋を目指す。
 その行動は予測済みだ。既に、攻撃隊とは別の者達が、罠を張って橋までの距離を待ち伏せしている・・・!

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名も無き花 〜第2章〜

 北と南、大国を分かつ国境線地帯は、幅広の川と険しい山々が入り組み、さながら迷宮のよう。
 かつて、この地に大軍が集い大会戦を演じた事も、今は昔の物語。
 ・・・の、はずであった。

 続々と参集する武将達。
 それぞれが30、50・・時に100以上の手勢を引き連れてくるため、川の中州にある平野部は、たちまち人で溢れかえった。
 その数、実に3000。
 そんな様を、一人の男が笑みを浮かべながら眺め続けている。
 背は決して高くない。
 口元にはひげがピンと跳ね、吊り気味の細めが周囲を睥睨している。
 『飛騨守』と呼ばれるその男こそ、此度の出陣の仕掛人であった。

 飛騨守が集まってくる兵馬に目を細めていると、小男が一人、揉み手をしながら近寄ってくる。
「いや!飛騨守様!此度のお手並み、しかと拝見させて頂きましたぞ!」
 露骨な世辞をせせら笑いつつ、飛騨守は悠然と男に向き直った。
「皆、かの入道(『御館様』の別称)に故郷を追われ、苦節を堪え忍んできた・・いまだ、望郷の念を忘れずにいてくれ、嬉しい限りだ。」
 さも大物ぶって答える飛騨守に、揉み手男も脂ぎった顔を激しく縦に振って賛同する。
「それもこれも!貴方様のお力あればこそ!憎き南の者ども・・なかんずく、我等を裏切り、南に与した賊徒どもに天誅を!!」
 揉み手男の言葉は虚飾に満ちていたが、その述べるところを真剣に想っている者も少なくない。
 飛騨守は鷹揚に頷きつつ、遥か南の空を臨んだ。

 『軍神』には無断で仕掛けるこの奪還作戦、成功すれば良いが、失敗すれば、申し開きの余地はない。
 不退転の覚悟の中に、自身への絶対的な自信を覗かせつつ、飛騨守は昂然と胸を張った。

 もうすぐ、日は西の空に落ち、やがて、夜の帳が辺りに満ちる。
 朝日が再び顔を見せた時・・・決戦だ!!

「やれやれ・・物々しいことで。」
 物陰から一部始終を見ていた影は、チッと舌を鳴らす。
「さーてさて?どうしたら諦めて、大人しく解散してくれますかねぇ?」


 夕餉の時間ともなると、小荷駄隊は忙しい。
 彼らは現代でいう輸送隊であり、同時に、事務手続一切を預かる存在。
 兵馬と共に次々と運ばれてくる兵糧を受け入れ、保管・警備し、食事時ともなれば、各隊に、人数相応の量の兵糧を支給していかなければならない。
 枡を片手に、慣れない新兵が四苦八苦しつつ計量していると、「これを」と横合いから助け船。
「すまない!助かる!」
 兵等の応対に専念できるようになり、新兵はようやく、一息吐く事ができた。

 ひと仕事終えると、新兵は「ぷはーっ!」と息を吐きつつ、後ろの草むらに腰を落とした。
「いや、俺は戦に駆り出されるのは初めてなんだが、こんな仕事もあるんだなー!」
 先ほどから手伝ってくれていた兵は、静かに微笑んでいる。
 新兵の感慨には応えず、そのまま、どこかへ立ち去ろうとする。
「あ、あのっ!」「?」
 穏やかな笑みを絶やさず、たのもしい助っ人は体半分だけ振り返った。
「ありがとう!俺、戦のことよく分かんないし、刀持って打ち合ったりなんて怖ぇけど・・ああ、そうじゃなくて!」
 新兵はもどかしそうに手をバタバタ動かした。
 顔にそばかすが残っている。農家の次男坊あたりなのだろう。まだ若い。
「慣れない仕事で、ホント大変だったんだ!あんたがいてくれて良かったよ!」
 真っ直ぐな言葉に、微かに頭を動かすと、助っ人はそのまま、闇に覆われようとする彼方に消えていく。
「・・・あ、名前!聞きそびれたな〜・・・」
 助っ人の背を見送ってから、新兵はひとり、後頭部を掻いた。

 翌朝−
 上官に叩き起こされた新兵は、起こりつつある事態への対応に右往左往する事となり・・・
 報告を受けた飛騨守は、唖然としてしばらく、声も出なかった。

 曰く−
 「兵達が一斉に腹痛を起こした。各隊とも動けない者が続出し、とても進軍できる状態ではない」と。


 腹痛の原因は、水か、兵糧か・・どちらにせよ、管理を任されていた小荷駄隊の責任問題である。
 お偉い方の前で平身低頭謝り倒し、なんとか詰め腹を切らされる事は避けた小荷駄隊長は、やるせない怒りを、今度は部下にぶつけ始める。
 朝食を前に、兵糧の一斉点検が行われた。水も汲み直さなければならないし、痛んでいる疑いのある食料は捨てねばならない。
 問題のある食料を食べさせられた上に、なかなか朝食にありつけない兵達は、小荷駄隊の兵を捕まえては、口々に罵り出す。
 その対応に手間取り、さらに、朝餉の支度が遅れていく・・・

 飛騨守は焦っていた。
「南の連中も馬鹿ではない!早く・・早く動かねば、敵に気付かれ、備えができてしまう!」
 後ろ盾となってくれる北の豪族とて、兵までは貸してくれなかった。
 飛騨守の独力で集められた兵だけでは、奇襲に成功しない限り、作戦全体が頓挫する。
 奇襲成功のためには、迅速な行動が不可欠だというのに・・・!!
「やむを得ん!この一大事に腹など壊している軟弱者は捨てていけ!予定通り!今日中に進軍を開始する!!」
 飛騨守の宣言に諸将は不満を隠さなかったが、渋々承知して、各自、陣へと戻っていく。

「んー・・・まぁ、たかだか数百が動けなくなったくらいじゃ、まだ諦めないよな。さーて次の手次の手・・・」
 物陰に潜む影は、ふむふむと頷きながら、背後の藪へと消えていく−

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名も無き花 〜序章〜

 真っ青な空に鳥が翼を翻す。
 緑に覆われた山肌は、どこまでも続く遠大な眺めのようでいて。
 その一角に、隠れるように佇む小さな城があった。

「ふぁ〜あ・・・」
 障子を開けっぱにすると、彼方の山並みがよく見える。
 城下の桜もそろそろ見頃かぁ・・なんて思っていると。
「あにうえ〜?あにうえ〜!!」
 ドタバタと可愛らしい足音が響いてくる。ああ、お兄様はここに・・
「あにうえー!!」「ぶごふっ!?」

 廊下から急旋回。室内の様子も確かめずに突入してきた少女は、ものの見事、入り口に寝そべっていた物体の真ん中ら辺を踏ンづけていく。
「おおっ?あにうえ〜!そんなところにおったのか!?」
 当の「あにうえ」は、鳩尾に決まったカカトの破壊力に悶絶中。
「おおお・・さくら、お主も成長したな・・・」
「なにを言っておるのじゃ?そんなことより、大兄様がお呼びじゃ!」

 着物の袖を広げて言い募っていたかと思えば、とすんとお腹の上に乗ってくる妹。
「・・・あの、姫様?」「なんじゃ?」
 上の兄弟が『大兄様』なら、さしずめこっちは『小兄様』とでも称すべきか。
 ただ、母親が同じという親しさもあってか、この妹姫、いつまで経っても、歳の近い兄は『あにうえ』と略す。

 『あにうえ』はマウントポジションを取られたまま、苦笑いを浮かべた。
「そんな所に座り込まれては、兄者のお召しにお応えできないのですけども。」
 妹は口をへの字に結んで、上から『あにうえ』を覗き込んでいる。
「さいきん、あにうえはちぃとも遊んでくれぬ!つまらぬ!まったくつまらぬ!」
 ダメだ。全く会話が通じてない。

 なおもぐずる妹を抱き上げ、「後で!後でな!?」と言い聞かせると、青年は立ち上がり、バタバタと上の兄の居室へと向かった。
「も〜!後っていつじゃ!?後って今じゃ!いつもそればっかりじゃ!」

 青年の背中に、妹姫の騒ぐ声が突き刺さる。
 心の中で手を合わせつつ、青年は兄の部屋へと急いだ。

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 時は戦国、乱世の時代。
 群雄が割拠し、いつ終わるとも知れぬ戦いを繰り広げていた時代。
 100年の長きに渡る戦乱は人々を、そして国をも疲弊し切らせ、今、ようやく終わりが見えつつある。

 かつて小国の主に過ぎなかった男は、いつしか、自らを『魔王』と称し。
 周辺の有力諸侯を次々に撃破。ついには都へと打って出る。
 帝を擁した『魔王』は、いまや、日本中にその威を轟かせる存在にまでのし上がっていた。

 とまあ、そんな天下の動向はさておき−
 ここはとある山国。緑に覆い尽くされたような世界に、ぽつんと佇む小城。
 多くの中小勢力がそうであるように、この小城の主も、他の大勢力に従属する事で、かろうじて息をついている。

 この城のある一帯は、3つの大勢力がひしめき合うところ。

 北の『軍神』 東の『大公』 南の『御館様』

 だから、ご近所同士でも従属する先が異なるのはよくある話。
 小競り合いなどはしょっちゅうだ・・時には、戦にまで発展する事もある。

 ただ、幸いにして、この小城はあまりに山深いところにありすぎた。
 他勢力も、いや、主と仰ぐ勢力でさえ、この小城に戦略的価値を認めず、大戦が起こりでもしない限り、動員令はかからないし、攻め込まれもしない。
 『表向き』は。

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「兄者。雪丸、参上仕った。」
 襖越しに『あにうえ』・・雪丸が声を掛けると、「入れ」と短い返事。
 襖を開ければ、そこに端座して図面を広げているのは、雪丸の兄・明幸。

 弟の姿を認めると、兄は傍らに控えていた女性に目配せした。
 兄嫁の棗。昨年、他家から嫁いできたばかりである。
 さすがは武家に生まれた女性だけのことはある。心得たもので、夫の意を察すると、しずしずと退室する。

 音もなく閉じられた襖を見遣りつつ、雪丸は兄に向き直った。
「姉上は本当によくできた方ですなぁ。」
「うん。」
 家臣の前では物静かで毅然とした態度を崩さない兄だが、途方もない愛妻家で、妻を褒められると、嬉しくて仕方がないらしい。
 一瞬、目尻を下げて相好を崩していたが、気を取り直すと、照れ隠しのような咳払いをひとつ、こほんと入れる。
「先ほど、狼煙台から連絡があった。この辺り一帯が、野盗の群れに襲われているらしい。」
 長い指が地図を這い、ある村の名に伸びたところで、円を描く。
 そこは、城から馬を飛ばしていては、丸一日はかかる距離。
「兵を集めてからでは到底間に合わん・・頼めるか?」

 雪丸は背後を顧みた。
 ・・・誰もいない。
「ええ、『大丈夫なようです』。じゃ、ちょっくら行ってきます。」
「相手の数は50を下らないとのことだが・・・」
 心配そうに続ける兄に、弟は「なんだ、それでしたら・・」と返す。
「『これ』で十分ですな。」

 兄の前を辞し、城の庭に至ると−
 雪丸は手近な塀を飛び越え、そのまま、城の外の林へと飛び込んでいく。
 塀、と言っても、大人の背を遙かに超える高さ。
 それを地の一蹴りで軽々と飛び越え、さらに、林の枝から枝へと、風のように移動していくその様は、人間の域を超えている。

 『忍』。
 情報の収集・伝達から潜入工作までをこなす、異能技の持ち主。
 元々は、様々に身をやつし、各地を渡り歩いてはうわさ話を集め、それを売り込む程度の存在であったという。
 いつしか、より正確で詳細な情報を得んがために、警戒厳重な建造物に忍び込んだり、身分を偽って貴人の傍に潜入したりもするようになり。
 過酷な任務の中で、身を守る技を始め、様々な技術が創られ、伝えられていった。
 戦乱の時代に入ると、忍の技はさらに多様化し、中には、戦場で鬼神の如き働きを見せる者までいる。

 そして、忍び入る者あらば、これを迎え撃つ者も必要となる。

 この山深き地の小城ですら忍を召し抱えているのは、忍の耳目から機密を隠し、その浸透を防ぐことはもとより。
 少ない兵力を補い、自国を守り抜くためでもあり・・・
 時に、腕利きを他国に貸し付け、莫大な見返りを得るためであった。

 この小城が主君と仰ぐ南の大大名『御館様』は、戦国最強は誰かが議論される時、必ず名前が挙がるほどの人物であるけれども。
 その御館様が最も頼りにした軍師が、この小城の先代君主・・・雪丸の祖父。 

 忍を使う術にも長けていた雪丸の祖父は、家族と領民達を守るために、御館様に仕える道を選んだだけでなく・・
 独自に忍を養成し、切り札として用意した。
 数えるに、両手の指で足りるほどの忍。されど、どの国の忍にも劣らぬ、無双の使い手。
 雪丸もまた、そのような忍たちの統率者として、忍同様の鍛錬を積んできた者である。


 疾駆する雪丸の上方、木の枝が突然鳴った。
「やれやれ・・野盗退治とは情けないね・・・」
 だるそうな声が頭上から降ってくる。
 慣れっこなのか、雪丸は振り仰ぎもしない。それが誰なのか、承知済みなようだ。
「・・・さぐ、り・・・」
 雪丸のすぐ背後からも、ささやくような声。
 前方に顔を向けたまま、雪丸は2つの声に応える。
「いかな雑魚であれ、領民を傷つけさせる訳にはいかん。それに・・・」
 問題は襲われた村の、位置だ。
 北の敵国との国境線に近い。こちらでも警備隊を置いてはいるが・・・
「今回の野良犬ども、誰かさんに金をもらってやしないかね?」
 声達が言うように、此度の襲撃、北に対するこちらの備えを探るのが目的のような気がする・・・

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