旅のお宿

もうひとつの夏 第30話(後編)「均衡」

7回裏 五条桜花の攻撃 2−1 「追う者、追われる者」

(まずいな・・・)
 日向野はサインを出す指を止め、眉間にしわを寄せている。

 試合全体の流れは、むしろ良い。
 7回表には日向野自身から始まる連打、最後はここまでチャンスにも不発だった主砲・大京が二死満塁からしっかりとヒットを打ち、追加点を挙げた。
 神山の強肩と北条のブロックの前に織姫の本塁突入は阻まれ、ここで攻撃終了となったが・・・
 それでも、追いつかれた直後にまた突き放したというのは、相手チームへの精神的ダメージも大きかろう。
 タチバナは優勢に試合を進めているかのように見える。
 しかし・・・

 6回裏、みずきのカンが当たったのかは分からないが、沢野は渕上、本多、神山という五桜クリーンアップに連打を浴び、ついに1点を許す。
 それでも、1点で傷口を押さえたからこそ、大仙監督は7回のマウンドも沢野に委ねた。
 だが、日向野にはどうにも気になる事がある。
(五条桜花の連中・・よく見てるな・・・)
 打ち込んできた球は、渕上と本多がフォーク、神山はシュート。
 重く、速いストレートに比べ、変化量が今ひとつな2つの変化球は、確かに打ちやすい。
(俺ならフォークを狙うだろうな・・向こうもよく見てら・・・)
 どうやら、攻撃終了後に額を寄せてヒソヒソやっていたのはこのせいらしい。

(さぁぁて・・どうにも厳しい流れになってきたが・・・)
 目には見えないが、五条桜花は着実に沢野の球を理解してきている。つかまるのも時間の問題かもしれない。
(こういう時こそ、捕手のリードで乗り切らないと・・な?)
 この回の先頭打者、遠藤には力押しで挑む。速球を連続で投げさせ、3球目はフォークを高めに外させ・・・
(ここで勝負!!)
 真ん中低めいっぱいへのストレート!!だったが・・・

「Good!」
 遠藤は苦もなく、沢野のストレートを二遊間へ弾き返す。
 沢野が、さらにセカンド・原が小さな体を精一杯伸ばして飛びつくが、ボールはセンター前まで飛んでいき、ランナー1塁。
(くそ・・打ちやすい球の見極めだけやってたんじゃないのかよ・・・)
 五条桜花の試合中ミーティング、あれはなんだったんだ!?何を話してた!?

 続く2番、九十九は短くバットを構えている。ここは手堅く、バントするつもりだろう。
 1球、ウエストを投げさせてから、2球目はカーブで・・・
 しかし、ここでも誤算が生じた。
 リリースの瞬間、九十九はニヤリと笑いをもらすと、シュッと握り手をずらす。
 バスター!!
「ええッ!?あっ!ちょっ!コラァーッ!!」
 矢のような打球がファースト・田尾の守りをすり抜け、ライト線ギリギリへと転がるころには、遠藤は2塁を回ろうというところ。
 無死、ランナー1,3塁。まずい・・・
(次は榊か・・んん、どうしたもんか・・・)

 が、日向野が頭を悩ますまでもない。
 ここで大仙監督。肩を作らせていた宇津を出し、6回を投げきった沢野を下げる。
「みずきさん・・この宇津久志!一命に換えましても・・・!!」
「・・・ホントにお願いね?マジでやばいんだからね!?期待してるよ?」
 身を乗り出して目をのぞき込んでくるみずきと、おでこがくっつきそうになる。
 大げさに「あなたの美しさにめまいがしていますの図」を演じると、「お任せ下さい!」と叫び、宇津は足取りも軽く、マウンドへと向かう。
(こんな時までマイペース・・ま、強心臓なのはいいことだけど?)
 あと3回・・逃げ切れるのか・・・!?

(ここで交替・・か。)
 厚志はバットを垂直に立てて、マウンドに上がった宇津の優美な長身を見遣った。
 球種はスライダーが2種。球速はついに150を叩き出すようになったとも聞く。
(タチバナはみずきちゃんを次の試合用に温存・・ま、宇津の他に、田尾さんもいるしな・・・)
 どちらかと言えば巧打者が多い去年までの五条桜花相手なら、それで正しい。
(が、うちを甘く見てんじゃねーぞコノヤロー!)
 今年は本多もいれば神山もいる。北条だって、当たればデカい。
(次以降は文句なしの重量打線だ。)
 静かにバットを振り下ろし・・円を描くように、肩口へと引き寄せる。
(上がったばかりで悪いが・・チャンスは逃がさず、次へつなぐ!それが!3番!!)

 鋭い打撃が、2球目、縦のスライダーを捉え、右中間に落ちる!
「やぁぁぁぁぁんすっっ!!」
 しかし、センター・矢部君の遠投。厚志は大事を取り1塁に戻る。
 それでも、九十九を3塁に進めるには十分。遠藤は無論、生還!
 これで、1点追加。ふふん♪同点だっぜ?

(ッ!・・宇津のスライダーも研究済みかよッ・・・)
 周囲に聞こえないように、日向野は小さく舌打ちを漏らした。
 1年前に比べれば、宇津の変化球には磨きがかかっている。前と同じ感覚では打てないはずだが・・・
(時々、マネージャを偵察によこしてただけのことはある・・きっちり補正してきたか!)
 ここからは強打かつ巧打の打者が続く。冷や汗をかきつつ、日向野は外角低めへの高速スライダーを要求した。

ついに9回が始まり、スコアは2−2・・「ちょっとォ!何やってんのぉ!?」

 みずきはベンチの背もたれに顔をのっけて、ぶーたれていた。
 宇津はよく投げ、7回の失点を1に抑えると、8回は華麗に、三者凡退をやってのける。
 が、五条桜花の天野もさるもの・・クイクイ曲がる変化球で、タチバナ打線を圧倒。8回は三者連続三振という、なんとも情けない結果に終わっている。
「守村君ッ!?ちょっとッ!分かってるわよねっ!?」
 不機嫌なみずきに喝を入れられ、「わ、分かってるよ・・」とぼやきつつ打席に入る守村、本日、いまだ快音ナシ。
(やーよ!?最後の夏を逆転サヨナラ負けなんて・・ほんとに!ふんとに!)

 そんなみずきの檄が効いたのか、どうか・・・
「てりゃぁぁっ!」「ッ!?」
 守村の引っ張り打ち。天野が思わずのけぞる。
「よぉぉぉっし!守村君!やればできる子!!」
 守村は1塁から最敬礼を送っている。みずきも敬礼を返している。
(どこの軍隊ですの?ここは?)
 三条院的ツッコミも流しつつ、タチバナ、ここで絶好調ラストバッター男、見参!
「和希ッ!」
 みずきの呼びかけにも振り返らず、軽く片手を挙げて応える日向野。
「・・・監督。」「ん?どうしたね、みずき君?」
 引きつった笑顔で振り返ったみずきは、「あのバカ代えて。調子に乗ると、絶対ロクなことしな・・・」
 い、を言う前に初球打ち。ボールは見事にセカンドのド真ん前にゴロる。
「・・・バーカ。」
 せっかくのチャンスをゲッツーでフイにしたタチバナ、続く織姫も三振してしまい、この回の攻撃は無得点で終了。
(ちょっと〜!ホントにサヨナラ負けのピンチじゃん!!)

 そして、9回裏。
 先頭、神山が宇津のスライダーを弾き返す。
 北条は無理せず、バントで送り、一死2塁。
(手堅く来るな・・8番も打てそうだし・・・)
 攻撃的だ。五条桜花はガンガン押せるラインナップであることに、今更気付かされる。
 形勢不利と見てか、大仙監督がまたも動く。
 いよいよみずき投入か!?
「ピッチャー、宇津君、代わりまして・・田尾さん!」
「あいよぉ!待ってましたぁ!!」
 ファーストから移動する田尾に代わり、ベンチから六道が走り出て1塁の守備へ。
(ここでみずきを使わない・・下位打線は、田尾さんのパワーで押し倒す気か?)
 しかし、この打線相手にそれはまずいんじゃ・・・

 2球目、五桜の8番・秋山が動いた。
「ぬぅおおおぉぉぉぉぉ!」「やるかいっ!?」
 重い響きと共に、打球は一二塁間へ・・・
 転がったが、しかし、いかんせん飛んでない。
 原では間に合わないと見て、六道が素早く走り込む。田尾の反応も速い。
「アウトォ!」
 秋山は1塁に届かず・・しかし、神山は3塁へ進んだ。
(無理は禁物・・聖ちゃんの判断は正しい。ヘタにランナーを刺そうとして一死1,3塁なんて、最悪だからな・・・)
 二死3塁。次で勝負が決まる寸法だ。
 代打。当然だろう。好投の天野を下げるとしてもおつりが来る場面。
 艶やかな黒髪を結い上げた少女が打席に入る。
 ひそかに顔をのぞき込むと、気の毒なくらいに緊張している・・・
(前回見かけなかった選手は、全員1年生か・・・)
 にしては、あの神山とか言うの、迷いもなく3塁に駆け込んできたな・・・良い度胸だ。

 先輩面して感心している場合ではない。この子に打たれては、高校野球生活がここで終わる。
(みずきのためにも・・あいつに出番無しの試合で、夢を諦めさせるわけには・・・)
 決意と共に、日向野が送ったサインは・・・
 ニヤッと笑い、ひとつ頷くと、田尾さんは思いっきり振りかぶった。
(怖ぇぇぇ・・・)
 暴投でもされようもんなら、ランナーが3塁にいる以上、最悪の終わり・・・
 日向野の心配も待たず、田尾さんが一挙に、腕を打ち下ろした。
 が・・・

 速球・・いや、これはまずい!!
(こんな・・こんな終わり方だけはッ・・・!!)
 必死で食らいついた日向野だったが、ボールはミットに弾かれて・・・
 神山がスタートを切った。田尾さんも、ほぼ同時にマウンドから本塁へ突進。
 同時に2方向から突撃され、あわてつつも、結城は1塁へ。
「ちょっ・・ウソでしょ!?ちょっと、いやぁぁぁぁ!!」
 みずきの絶叫が響く中、日向野はマスクを投げ捨て、全力でボールに飛びつくと・・・
 ・・・後で、ビデオを見た本人が「俺って天才?」とつぶやいたほど、凄まじい動き。
 ボールをつかむや、体を入れ替え、ほぼ同時に両足をついてボールを返す。
 神業じみた、素晴らしいインサイドワーク。だが、咄嗟の動作ではコントロールが定まらない。
「上にっ・・上に逸れるよぉ!和希ぃぃぃ!!」
 みずきの叫び。だが、日向野は確かに見た。
「おりゃああぁぁぁ!!」「くぅっ!!」
 本塁へ滑り込もうとする神山。だが、田尾も足を止めない。
 勢いはそのままに、全力で腕を伸ばす!
 ほぼ同時に神山のスライディングと田尾の足が本塁を踏んだ・・ように見えた。
 判定は?

 ・・・
 ・・・・・・
 日向野は、呼吸するのも忘れたように審判を見つめている。
 日向野だけではない。球場全体が、しわぶき一つなく静まりかえっている・・・
 しばしの沈黙の後、審判は片手を挙げ・・「アウトォッ!!」

 オオオオオォォォォォッ!!っという、まるで勝利したかのような大歓声がタチバナ側から上がる。
(はぁぁぁぁ・・・)
 腹の底から息を出し切ると、日向野は脱力し、膝を着いた。
 なんとか凌いだ・・・
 と、安心する間もなく、背中に強烈な張り手が飛び、日向野は勢いよく咳き込む。
「だははははっ!すごいことやるじゃないか!さすが!うちの正捕手様だ!!」
「・・・こんな時に暴投せんでくださいよ、田尾さん・・・」
「あははっ!すまないねぇ!ま、埋め合わせはこれからするからさっ?」
 そう願いたい。これで延長戦、決定だからな・・・

 一方、五条桜花ベンチ。
 うつむいたまま、おぼつかない足取りで戻ってきた神山。
「秀一(神山)、足は大丈夫か?」「先輩・・・」
 苦渋に満ちた顔を上げると、神山は折り崩れるように、その場に座り込む。
「申し訳ありませんッ・・・こんなところで・・・」
「・・・アホ。悔やむような場面だったかよ?」
 やれやれ・・珍しく殊勝になってるのはいいが・・・
「あそこは日向野・田尾バッテリーのカバーが凄すぎたって、それだけだ。あそこでチキッて3塁に張り付いてたら、それこそぶっ飛ばしもんだぜ。」
「・・・」
「暗い顔すんな。どーせ、女帝陛下も出てきてないし、すんなり終わってくれるとは思ってなかったよ・・・立てるか?」
「・・・大丈・・夫、です。怪我は・・してません・・・」
 これまた珍しい神山の男泣きに、五桜一同、先ほどの衝撃的プレーにも増して驚いている。
(負けん気の強いヤツだな・・ま、これなら大丈夫か・・・)

「で・・澪ちゃん(結城)。」「はい?」
 介添えのように神山の脇に立っていた結城に、厚志は声を掛けた。
「残念ながら、今回は出番無しになりそうだ。が・・・」「が?」
 首を傾げる澪に、厚志は肩をすくめてみせる。
「気持ちは分かるが、もう少し、リラックスしていこ?あの豪速球がまともにストライクゾーンに来て、それをそのカタい体で打ってたら・・・」
 ぞっとしない。見事なゴロになるのは目に見えている。
 だからこそ、危険を承知で、日向野は田尾さんに全力投球を指示したんだろう。
(ど真ん中だろうと、あの人の渾身の球、そうそう打ち返せるもんじゃないからな・・・)
「えっ!あっ!す、すいません・・」
 恐縮してさらにちぢこまる澪に、「リラーックス!リラーックス!」と肩を回して見せながら、頭の中で、これから先に思いを馳せる。

 ・・・いや、間違えた。『これから先が思いやられる』の間違いか。
 サヨナラはいいけど、追う方もつらいね。これで15回同点、再試合なんてなったら、泣くに泣けねぇよ・・・

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コメントコメント


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ねーむぃ・・・

どうにもこうにも大仙監督が監督の仕事してるところを想像できない私です。

>しかし、この打線相手にそれはまずいんじゃ・・・
監督(笑
まー、漫画みたいな名采配が出来るような監督なんてそういませんさ・・。
数学教師にそこまで求める方が酷ですかねっ。

>神業じみた、素晴らしいインサイドワーク。だが、咄嗟の動作ではコントロールが定まらない。
さすがに3年度だけあって完成されてきたようですねぇ。
きっちりと仕事に信頼がもたれてるような捕手に・・なるんでしょうかね。(ぇ

書きたいことは多いですが書くのがそれに追いつかないニアッピンでしたっ。ではっ。

ニアッピン | URL | 2007年03月06日(Tue)06:18 [EDIT]


ホッ・・・

▽ニアッピンさん
 なんだか、コメント投稿日時がすごいことになってますが・・・
 というか、今日はテストというお話では・・・
 コメントありがとうございます。自分的に、このあたりは大丈夫かなぁと心配していたもので・・・

>大仙監督
 地味に動いてますね(笑)。
 突拍子もない采配で困らせてくれる人でもないようなので、割と、継投の選択も普通・・・
 でもないですね。みずき投入まで時間かかりすぎなような。
 そこは、日向野君を出したいけど聖ちゃんも出したいというわたしのディレンマ(笑)だと思ってくださいな。

>で、日向野君
 ニアさんが2年次以降、2人の捕手をどうするのか(あるいはどっちかがコンバート?設定的にそれは無さそうに思ってますが・・・?)、非常に興味津々なんですが、わたしならこうします、ということで。
 沢野君の相方はどうしようか、と思ったんですが、掛け合いからすると、日向野君とイイカンジ(アッーな意味ではなく)っぽいので、とうとう9回まで日向野君正捕手で。
 最後の場面はこれ、タイミング的にどうよとか、どんな動きだよとか、ツッコミどころは多いかと思いますが、とりあえず日向野君SUGEEEE!ということで、お茶を濁しておいてください!

旅の者 | URL | 2007年03月06日(Tue)10:32 [EDIT]